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今日は、以前から書きたかったことを書こうと思います。


その前に、1つ聞きたいことがあります。




あなたは、「あたりまえ」をどのくらい意識していますか?




結論から言えば、「あたりまえの上にあぐらをかいている人は幸せになれない」と私は思っています。

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「あたりまえ」は、あたりまえじゃない

あなたにとっての「あたりまえ」は、どのようなものでしょうか?

例えば、毎日ごはんを作っている奥さんや、毎日会社に行っている旦那さん。

これらは日常的に接するもので、特別なことがない限りは継続的にあり続けるものです。

生活のベースになるものなので、多くの方が無意識にあたりまえだと感じているものだと思います。




あたりまえは、すなわち「環境」です。




私は、どのような状況であったとしても、

「環境を作ってくれている人に対して最大限の感謝と敬意を払うべきだ」

と考えています。




なぜなら、

「あたりまえはあたりまえじゃない」

からです。

環境を作るのはとても大変

環境を作るのって、大変なことです。

毎日育児に追われながらも、旦那さんのご飯を作る奥さん。

嫌だ嫌だと思いながら、朝早くの通勤電車に乗って夜遅くまで仕事する旦那さん。


これって、本当に大変じゃないですか。



しかし、あたりまえの上にあぐらをかいてしまうと、「足りないもの」ばかり見てしまうようになります。



例えば、

「ずっと家にいるのになぜできないの?」

とか

「休みの日にグータラしないで」

とか。


しかし本来であれば、まずは環境を作ってくれていることに感謝すべきではないでしょうか。




あなたにも一度考えてみてほしいです。




「あたりまえ」を意識できなければ、足りないものを追い続けて一生幸せになれない人生になってしまうかもしれません。

あたりまえを意識することは「思いやり」

私が思う「思いやり」は、相手の立場になって物事を考えられることです。

もちろん、自分自身が大変なときに誰かのことを考えるのは難しいでしょう。


しかし、それでも大変なときだからこそ自身が我慢するのではなく、自分の立場と相手の立場の両方に立って物事を考えるべきだと思います。



ほんの少し、「あたりまえ」に目を向ける時間を持つだけで、自身も幸せになれると思います。

あたりまえだからこそ、それを受け取る側の人は、あたりまえにしちゃいけないと思うのです。


あたりまえなことにこそ、愛が詰まっている

あなたにとってのあたりまえを支えてくれている人は、継続的に愛情を注いでくれている人です。

それって、本当にすごいことだと思います。



しかしそれを忘れ、あたりまえに目を向けることもせず足りないものを追い続けていると、自身にとって一番大切なものを失くしてしまうかもしれません。


ほんの少しでもいいから、「あたりまえ」に感謝する時間を作ろう。



今日のブログで伝えたかったことはこれだけです。


私も、あたりまえの上にあぐらをかかず、誠実な人間になれるよう邁進していきます。


では。



※画像提供元 ぱくたそ

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